2018年04月20日

日光道中草加宿 その08

瀬崎浅間神社の拝殿の横に立つ案内板によると、慶応元年(1865)製の手洗石に几(き)号水準点(みたいな記号)が刻まれています。
内務省地理寮が明治9年(1876)8月から1年間、東京〜塩釜間の水準測量を実施した時に刻まれたものです。
当時は現在のように水準点を設置しないで、既存の石造物を利用していました。
へ〜、そんなことなら写真を撮らなくちゃ。
しかし、手洗石の周りを2周したけど、どこに刻まれているのか分からない。
一昔前ならあきらめるところだけど、スマホで調べました。(^-^;
ちなみに、この手洗石は当社の北側に鎮座していた下浅間社のものだけど、当社に合祀されて、今は境内の片隅に鎮座しています。
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(右面の左下)
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2018年03月18日

日光道中草加宿 その07

谷塚交差点に瀬崎浅間(すざきせんげん)神社があります。
創建年は不明。
当社は元々別の場所に祀られていたけど、明暦年間(1655〜57)現在地に遷宮されました。
天保13年(1842)に再建された富士浅間神社本殿が市指定有形文化財。
ネットフェンスに囲われてよく見えないけど、彫刻が素晴らしい。
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2018年01月13日

日光道中草加宿 その06

毛長川橋前交差点で国道4号をくぐって保木間水神社を通り過ぎると、都道&埼玉県道49号足立越谷線に合流します。
毛長川に架かる水神橋を渡ると長かった足立区とお別れ
いよいよ埼玉県草加市へと行政区画が変わるので個人的には感慨深いけど、往時は同じ武蔵国なのよね。
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2017年10月29日

日光道中草加宿 その05

ひたすら広〜い足立区を北上して、西保木間に蛇行する日光街道が残っています。
名前のない交差点を右に旧道。
ほんの300mくらいだけど、イイね!イイね!
竹の塚中学校東交差点で元の道に合流しちゃうけど、ウレシいね。
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(左の道が新道で、右の道が旧道)
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2017年09月15日

日光道中草加宿 その04

初日の千住大橋から足立区を歩いているけど、本日のスタート地点:島根交差点から「旧日光街道」の標識が設置されている電柱があります。
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初日では見かけなかったので、よく見ると「この道路愛称名は公募により選ばれました」だって…。
何と!公募する前からこの道は日光街道なんだよー!
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2017年09月05日

日光道中草加宿 その03

六月村を過ぎると五差路の増田橋交差点に増田橋跡。
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川は暗渠になってしまったけど、往時は石橋が架かっていました。
橋の手前が竹ノ塚の立場跡で、茶屋が数軒あったそうです。
もう昔の面影はないけれど、交差点の角にジョナサン茶屋があるなんて、実に立場跡らしいね〜。(^-^;
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2017年08月05日

日光道中草加宿 その02

旧道に戻るとすぐ島根鷲神社前交差点です。
『日光道中分間延絵図』では鷲大明神を過ぎるとすぐ一里塚があるので、この交差点付近が六月一里塚でしょう。
島根鷲神社前交差点の写真は撮り忘れたので、鷲神社参道入口の写真を載せておきます。
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奥の方に島根鷲神社前交差点の信号機が写っているんだけどね。(^-^;

しかし、六月という地名は珍しい。
分間延絵図解説に地名の由来が載っています。
源義家が奥州征伐の途上で当地の野武士と戦うことになったが、6月の炎暑で軍兵は疲労困憊。
義家は鶴岡八幡宮に戦勝祈願し、日光を背にして戦い辛勝したそう。
伝説に「日光」が出てくるなんて、日光街道らしいね〜。
義家の時代は日光街道じゃなくて、東山道だっちゅうのはナイショ(^-^;
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2017年07月22日

日光道中草加宿 その01

日光道中二十一次歩きの2日目。
梅島駅から前回歩いた道筋を進んで、7:55何の変哲もない島根交差点をスタート。
都道103号を北上。

島根鷲神社前交差点の1本手前の路地を入ると日本武尊が祭神の島根鷲神社。
摂社三峯神社の石造鳥居が鷲神社鳥居として区登録有形文化財となっています。
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享和2年(1802)製で往時は鷲神社本社殿前に建っていました。
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2017年06月18日

日光道中千住宿 おしまい

東海道の初日は、初めての街道歩きでどのくらい歩けるのか分からず、日本橋を午後出発。
一番目の宿場:品川宿の入口まで歩いて、JR品川駅から帰宅。
中山道の初日は、東海道の時よりも歩こうと午前中に出発。
しかし、2〜3日前に風邪を引いてしまい、体調不良で一番目の宿場:板橋宿までたどり着けず、JR板橋駅から帰宅。
ということで、東海道も中山道も日本橋の巻で終わってしまいました。
しか〜し、今回はいます(笑)。
日光道中の初日は、中山道の時よりも2時間ほど早く出発して、ヤル気満々。
3街道目にしてようやく一番目の宿場(千住宿)まで完歩しました。\(^-^)/
ヨカッタよかった。
でも、調子に乗って街道歩きとは関係ない観光までして、もうヘロヘロ。(^-^;

千住宿の巻の所要時間 3時間30分(休憩除いた正味時間 3時間20分)
万歩計Rの歩数 12,869歩

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2017年06月17日

日光道中千住宿 その24

いよいよ西新井大師です。
正式名称は五智山遍照院總持寺。
天長3年(826)に弘法大師が関東巡錫の際この地に立ち寄り、悪疫流行に悩む村人たちを救おうと、十一面観音像を彫り、枯れ井戸に安置して護摩祈願したのがはじまり。
お堂の西側にあった枯れ井戸から清水が湧いたので、当地が「西新井」という地名になったそう。(◎o◎)
江戸時代は女人禁制の神社仏閣が多い中、当山は女性の厄除け祈願所だったそうなので、ずいぶん賑やかだったでしょうね。
しかし、年末年始の準備で境内が工事現場のようで、ゆっくり散策する雰囲気ではありませんでした。(^-^;
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当山は古刹だけにお宝がいっぱい。
江戸後期に建立された山門が区指定文化財。
境内左手(西)にある三匝堂は三階建ての栄螺堂で区登録文化財。
何と!寺宝には、国宝の鋳銅刻画蔵王権現像や重文の絹本着色弘法大師像・絹本着色天台大師像などがあります。
まだほかにもあるけど、詳しくは地元の方にお任せします。(^-^;

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