2017年05月03日

日光道中千住宿 その18

水戸佐倉道の追分から100mほど進むとまた追分
日光街道は左折するけど、真っ直ぐ進む道は下妻道。
“教科書”『今昔三道中独案内』には滝山道となっているけど、下妻道を北上すると、喜連川宿で奥州道中と合流します。
ちなみに、古奥州道はこの追分から中川沿いを北上して、越ヶ谷に出ていました。

この下妻街道沿いにあるのが区登録史跡千住名倉医院。
f:id:nikkokaido:20170503234452j:plain
名倉家は秩父庄司畠山氏の出で、明和7年(1770)名倉直賢がこの地で接骨医を開業しました。
往時は骨接ぎといえば名倉、名倉といえば骨接ぎの代名詞になるほど賑わっていたそうです。
現在の院長は直賢から数えて8代目。

posted by とらぞう | Comment(2) | 01日光道中千住宿
この記事へのコメント
下妻道,当たり前だけど,いろいろな道があるのですね。

由緒正しい,お医者さんですね。
建て替えなく,医院を維持されていて,すごい。
Posted by 萩さん at 2017年05月04日 07:04
下妻街道は北上して奥州街道喜連川宿につながる道なので、脇街道として歩いてみたいですが、いつになることやら。(^-^;
Posted by とらぞう at 2017年05月04日 21:59
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

Powered by さくらのブログ
Copyright (C) ブログ 日光街道ヘロヘロ旅, All Rights Reserved.