2017年05月07日

日光道中千住宿 その19

下妻道の追分から旧道は北西に進んで荒川を横断…ってゆーか、土手にぶつかって消滅。
大川町氷川神社で旧千住新橋の親柱を見学してから、千住新橋で荒川を渡ります。
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しかし、往時はここに荒川は流れていませんでした。

本来の荒川は現在の隅田川で暴れ川。
度重なる洪水対策として、千住宿の北側を通る荒川放水路の建設を計画。
岩淵水門から河口まで全長22km。
明治44年(1911)に着手され、1,300世帯の住民が移転を余儀なくされました。
大正13年(1924)に通水が行われ、昭和5年(1930)に完成。
その後の昭和40年(1965)に荒川放水路が荒川の本流と定められ、岩淵水門から下流域の旧荒川を「隅田川」と改称したとさ。

posted by とらぞう | Comment(0) | 01日光道中千住宿
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