2016年09月24日

日光道中日本橋 おしまい

千住といえば松尾芭蕉「おくのほそ道」の矢立初めの地。
松尾芭蕉の碑が建っています。
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文政3年(1820)10月12日の芭蕉忌に建てられました。
千住が矢立初めの地といっても、船に乗った芭蕉が千住に降り立ったのは、宿場のある向こう岸と思うけど、当社の祭神:素盞雄大神は、俳句じゃないけど、日本で初めて和歌を詠んだ神さまなので、句碑が建てられたのかな?(^-^;
区指定有形文化財。

あ!素盞雄神社に文化財が多いからといって、ついフツーに散策しちゃった!
サッサと日本橋の巻を〆なくちゃ。
ということで、11:00日光道中日本橋の旅はこれでおしまい。
これからご朱印いただかなくちゃ。
当社はその他にも文化財はあるけど、詳しくは地元の方にお任せします。(^-^;

日本橋→の所要時間 4時間15分(休憩除いた正味時間 3時間50分)
万歩計Rの歩数 15,495歩

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2016年09月19日

日光道中日本橋 その25

素盞雄(すさのお)神社の文化財。
続いて、境内の隅に集められた石仏群の右側3基が庚申塔群三基(寛永十三年銘他)。
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庚申塔は左から、延宝6年(1678)・寛文13年(1673)・文化8年(1811)のものです。
区指定有形民族文化財。

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2016年09月18日

日光道中日本橋 その24

素盞雄(すさのお)神社は歴史が古い分、文化財がいっぱい。
まずは富士塚で区指定記念物・史跡。
由緒で二柱の神が降臨したという奇岩:瑞光石の周りに玉垣を築いて、元治元年(1864)に浅間(せんげん)神社を祀ったものです。
鳥居の奥に溶岩を集めたミニ富士があるけど、鳥居の下に竹柵が置かれているので登れません。
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地味

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2016年09月17日

日光道中日本橋 その23

日本橋の巻を終えるために区切りの休憩したいな〜と思いながら、都道464号を進むと国道4号。
、高架の下に鳥居が!
とうとう素盞雄(すさのお)神社まで来ちゃった。(^-^;
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延暦14年(795)素盞雄大神&飛鳥大神の二柱の神が降臨した奇岩を祀って創建したという古社です。
往時は牛頭天王(ごずてんのう)&飛鳥社と呼ばれていました。

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2016年09月08日

日光道中日本橋 その22

小塚原回向院本堂の奥に進むと墓地。
史跡エリアと一般墓地とかれているので注意。
史跡エリアには、安政の大獄や桜田門外の変などで刑死した歴史上の人物が葬られています。
景岳橋本君碑が区登録有形文化財、安政の大獄の安政6年(1859)に斬首となった吉田松陰の墓・橋本左内の墓・頼三樹三郎の墓が区登録史跡となっています。
その他にも、鼠小僧や高橋お伝などの墓があります。
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(吉田松陰の墓)

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2016年09月06日

日光道中日本橋 その21

JR常磐線をくぐると小塚原回向院があります。
寛文7年(1667)刑死者の菩提を弔うために、本所回向院(現在の両国回向院)の別院として、常行堂を創建したのがはじまり。
当山は小塚原の刑場跡として区指定史跡となっています。
延命寺も刑場跡ですが、元は当山の境内で、常磐線の線路で分断されているため、昭和57年(1982)延命寺として独立しました。

モダンな山門の横に吉展地蔵尊。
吉展ちゃん誘拐殺人事件の遺族が奉納したお地蔵さまです。
本堂の壁に区登録史跡観臓記念碑。
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明和8年(1771)杉田玄白や前野良沢らが小塚原の刑場で刑死者の腑分けに立会い、その後の「解体新書」の翻訳につながります。
大正11年(1922)腑分け立会いを記念して観臓記念碑が建立されました。
しかし、戦災で破損。
本堂の新築に伴い現在の場所に設置されました。

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2016年09月02日

日光道中日本橋 その20

公衆トイレがあるのでありがたいけど、南千住駅周辺にはベンチがないので先へ進む…ってゆーか、駅の向かいに延命寺があります。
この付近は東海道品川宿の鈴ヶ森と並ぶ小塚原の刑場があったところ。
境内には、寛保元年(1741)刑死者の菩提を弔うために建てられた、デッカい首切地蔵が鎮座しています。
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元はもっと南側に安置されていたそうだけど、隅田川線が明治29年(1896)に開業したので現在地に移されました。
区指定有形文化財。

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2016年08月31日

日光道中日本橋 その19

都道464号に戻って先を進みます。
泪橋交差点で都道306号「明治通り」を過ぎると荒川区。
すると、目の前に南千住駅前歩道橋がデ〜ン
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だだっ広い隅田川貨物線の線路を越えると東京メトロ日比谷線南千住駅南口に出ます。
駅前のベンチで休憩がてら、日本橋の巻を終えようと思ったら、あれ?ベンチってないのね…ガクッ。

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2016年08月07日

日光道中日本橋 その18

東禅寺の帰り。
向かう時は気がつかなかったけど、「南無馬頭観世音菩薩」の幟が旗めいています。
何だろう?と思って、ビルと民家の間を入ると駿馬塚。
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案内板によると、康平年間(1058〜64)源義家が陸奥へ向かう際、この地で愛馬青海原が絶命したので葬った所だそう。
「江戸名所図会」には土饅頭型の塚の挿絵が載っているけど、今は石碑や石造五重塔の残骸などがあるだけです。
しかし、覆屋が建てられ大事にされているね〜。

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2016年08月06日

日光道中日本橋 その17

東禅寺の境内の片隅に夫婦の銅像が並んでいます。
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麺麭祖と書かれたプレートがあるので、麺業界の功労者の像と思って写真を家に持ち帰ったら、何と!「麺麭」はパンのことで、銅像は明治2年(1869)に創業した木村屋總本店の創業者:木村安兵衛ハート(トランプ)ブン夫妻でした。
一般にパン祖と呼ばれているのは江川英龍(伊豆韮山代官&韮山反射炉の生みの親)で、天保13年(1842)兵糧として自宅でパンを焼いているので、木村屋の創業よりも古い。
しかし、木村屋はパン業界一番の老舗で、みんなが好きなあんぱんは安兵衛が発明したものなので、みんなで安兵衛を「あんぱんの父」と呼ぼうよ。\(^-^)/

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