2017年01月08日

日光道中千住宿 その09

千住仲町交差点で旧道に戻らず、そのまま墨堤通りを東に寄り道。
路地裏に仲町氷川神社。
ひっそりとしているけど、当社はお宝がいっぱい。

まずは区登録有形文化財の関屋天満宮碑。
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登録文化財ってのは、天満宮ではなくて、碑の方。
天満宮自体も、社や祠はなく、石の上に御幣を立てただけなので珍しいけどね。
碑は鳥居の影に隠れて目立たないけど、文化4年(1807)製で和歌や漢詩が刻まれています。

そして、区登録有形民俗文化財の弁天像供養庚申塔。
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弁天さまの庚申塔って初めてかも。
天満宮には祠すらなかったのに、弁天さまの庚申塔は岩の祠に安置され、大事にされています。
しかも、元禄2年(1689)製で、古い!
そのほかに区登録有形文化財の金銅装神輿・四神文鏡もあるけど、見てないので、詳しくは地元の方にお任せします。(^-^;

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2017年01月04日

日光道中千住宿 その08

千住仲町交差点に源長寺。
慶長15年(1610)石出吉胤(いしで よしたね)によって開創されました。
しかし、吉胤が千住大橋架橋の奉行を務めた伊奈忠次を敬慕していたので、忠次を開基としています。
掃部(かもん)宿開発に尽力した吉胤は元和4年(1618)に没。
石出掃部亮吉胤の墓が区指定史跡となっています。
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勝手口?から歩道に出ると、吉胤が元和2年(1616)に築造した掃部堤跡。
へぇ、当山の横を走る都道461号「墨堤(ぼくてい)通り」が堤の跡なのね。
言われないとまったく分かりません。

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2017年01月03日

日光道中千住宿 その07

左手の路地入口に「旧日光道中」「是より西へ大師道」と刻まれた石標が立っています。
今日は帰りに西新井大師に寄るので、街歩きだったら遠回りの日光街道じゃなくて、大師道をブラブラ歩くのもイイね。
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2016年12月19日

鉢石宿→神橋

土曜日に日光道中二十一次の鉢石宿〜神橋を歩きました。\(^-^)/
日光街道…ってゆーか、日光道中歩きの10日目で最終日。
歩いた距離は寄り道含めて5.0km、2時間35分の旅。
歩数は5,792歩。

しかし、日光道中の終点神橋の先に世界遺産があります。
世界遺産の二社一寺を巡って、日光金谷ホテル発祥の地までの行程をプラスすると13.5km、5時間20分の旅。
歩数は13,949歩。
さらに、日光金谷ホテル発祥の地から買い物しながらJR日光駅までブラブラしたら17.9km、7時間05分の旅。
歩数は18,418歩。(^-^;

当日の朝は山手線での人身事故のため上野駅でしばらく停車。
日光駅には15分遅れで到着しました。
車内で寄り道する場所を減らそうと考えていたけど、15分くらいなら予定通りです。
いつものようにツイートしながら歩いていて、日光は江戸や明治創業の老舗が多くて一所懸命つぶやいていたら、何と!鉢石宿で非常に大事な鉢石を忘れてすっ飛ばしてしまいました。
今回は歩いて来た道をそのまま戻るという、街道歩きとしては珍しい行程なのでヨカッタです。
帰り道に鉢石を撮りました。
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おらは東海道も中山道もどちらも三条大橋が終点。
日光道中も神橋というランドマークがあって分かりやすい終点です。
来年から歩く奥州道中の終点は二又の分かれ道だし、その次の甲州道中は碑はあるものの中山道との合流地点で丁字路。
擬宝珠のある朱塗りのハデな橋みたいな街道の終点というのは、これからはなかなかないだろうと思うと感慨もひとしおです。
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神橋に着いても日光道中の旅はまだ終わりません。
日光道中が整備されるきっかけを作った狸オヤジ…ってゆーか、徳川家康公の墓参りが残っています。
世界遺産の輪王寺・東照宮・ニ荒山神社を、一般の観光客に混じって、観光を敢行!
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最後は明治6年(1873)創業の日光金谷ホテル発祥の地「金谷ホテル歴史館」。
遅い昼食(15時)を食べてから歴史館を見学しようと思ったら、開館時間は10時〜15時だって…ガクッ。
日光を結構楽しんだので仕方ないですね。
お土産の日光練羊羹を買いながらJR日光駅に向かいました。
羊羹を4棹買ったら重さが2kgで、リュックが肩に食い込んで帰りは辛かった。(^-^;
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日光道中が無事踏破できて、次は奥州道中で白河宿を目指します。
初日は宇都宮宿からさくら市を歩きます。
平成の大合併でできた新しい市で、「さくら」と聞くと千葉県佐倉市と思うけど、市名の由来となった桜を見るために、4月上旬にスタートします。

しかし、当ブログは日光道中だけでなく、いくつかある「日光街道」のブログです。
日光街道としては、次に日光御成道を歩くと思いますが、歩いたらまた当ブログで報告します。

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2016年12月14日

日光道中千住宿 その06

家並みをキョロキョロしながら進んでいると建物の前に屋号が掲げてあります。
同じ五街道一番目の宿場である東海道品川宿&中山道板橋宿では見られなかった光景。
日光道中千住宿は頑張っているね〜。
しかし、往時の千住宿はまだ先で、この付近は掃部(かもん)宿。
武蔵千葉氏の一族で石出掃部亮吉胤(いしでかもんのすけよしたね)が慶長3年(1598)から新田開発した地域で、街道筋は商人が集まり、やっちゃ場と呼ばれて賑やかでした。
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(やっちゃ場にある千住宿歴史プチテラス)

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2016年12月11日

日光道中千住宿 その05

日本橋を立ってすぐ分かれたものの、再び出会った国道4号とはまたしばしの別れ。
国道4号は左カーブするけど、旧道は足立市場前交差点を真っ直ぐです。
足立市場の塀に「千住宿 奥の細道」と書かれ、松尾芭蕉生誕360年記念事業として平成16年(2004)に矢立初芭蕉像が建てられました。
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おーっ!千住宿ってのは、日光街道じゃなくて、おくのほそ道の宿場かいっ!
ビックリしたけど、「旧日光道中(陸羽街道)」と書かれた標識や「日光道中千住宿」の石標もあるので、日光街道の宿場ということはアピールしてるのね…ホッ。

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2016年11月21日

大沢宿→今市宿

昨日日光道中二十一次の大沢宿〜今市宿を歩きました。\(^-^)/
日光街道歩きの9日目。
公共交通だと関東バス石那田停留所からJR日光駅まで。
歩いた距離は寄り道含めて26.4km、7時間55分の旅。
歩数は34,772歩。

日光街道といえば杉並木。
前回の徳次郎宿の巻で、宇都宮宿を抜けて国道119号を進むと杉並木が現れます。
しかし、フツーの街路樹みたいに車道と歩道を分けるように杉が並んでいます。
車道には路側帯があるので歩こうと思えば歩けるけど、交通量の多い国道なので実際コワいです。
一里塚や撮影するものがあるからと、時々路側帯を歩くこともあるけど、だいたいは杉並木の外にある歩道歩きでした。
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(大沢宿の入口に建つ並木寄進碑)

今回は違います。
日光市に入り、大沢宿近くから、車があまり通らない or 車通行止めの杉並木が!
街道歩きで歩いていると、宿場の町には人が歩いているけど、宿場間ではほとんど人と会いません。
杉並木も歩いているのはおら1人という、景色独り占めの状態。
最近三脚を持って行くのを忘れているけど、杉並木の中で「\(^-^)/」な写真とか撮ればヨカッタです(笑)。
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(車は一方通行で交通量は少ない杉並木)

あまり人が歩いていない大沢宿とは打って変わって、今市宿はスゴい人・人・人!車・車・車!
日光そばまつりが開催されていて、メイン会場は日光街道は少し離れた日光だいや川公園だけど、日光例幣使街道の追分の近くのJR今市駅前通りは日光“焼き”そばまつりで大賑わい。
宿場内の道の駅日光街道ニコニコ本陣も駐車待ちの車で大渋滞。
宿場内では写真撮影のために街道を右や左に横切っているけど、写真撮るのに時間がかかりました。
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(建物を撮るのが大変な渋滞中の今市宿)

今回の大沢宿→今市宿は地図で計測すると19.5km。
おらは時速2kmで予定を立てているけど、昨日の日の入りは16:29。
石那田停留所を9時出発なので、日没前にJR日光駅に着くのは無理。
それでも何とか日の入りの20分後に着きました。
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(JR日光駅近くの昨日最後の杉並木)

杉並木は杉が並んでいるだけのはずなのに、鬱蒼としている感じで森の中を歩いてるようでした。
そのためすぐに暗くなります。
日没後の歩道がない国道の杉並木はコワかったですね。
今市宿を過ぎてからは気持ち早めに休憩もしないで歩いたので、今日は太ももやふくらはぎが筋肉痛です。(^-^;
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(夕暮れに杉並木の路側帯を歩くのはコワい…)

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2016年11月09日

日光道中千住宿 その04

大橋公園の先に橋戸稲荷神社が鎮座しています。
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延長4年(926)創建というので、日光道中沿道の歴史は古いね〜。
本殿と伊豆長八の鏝(こて)絵が区登録有形文化財です。

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2016年11月03日

日光道中千住宿 その03

橋詰テラスに下りる手前に大橋公園があります。
おくのほそ道矢立初の碑とおくのほそ道行程図(案内板)が建っています。
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この場所は千住宿の橋戸河岸。
歌川広重の名所江戸百景「千住の大はし」では、荒川(隅田川)に架かる千住大橋の両岸が船着場で、多くの船がつながれています。

行春や鳥啼魚の目は泪

元禄2年(1689)3月27日、松尾芭蕉と同行の河合曾良は草庵のあった深川から船に乗り、矢立て初めの地:この千住から一歩を踏み出しました。
元禄2年は芭蕉が敬愛する西行の500回忌の年。

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2016年10月30日

日光道中千住宿 その02

千住大橋を渡ると足立区になります。
千住大橋橋詰テラスの堤防の壁に「おくのほそ道」の一節と、与謝蕪村「奥の細道図屏風」の挿絵が描かれています。
「おくのほそ道 旅立ちの地 千じゆと云所にて船をあがれば、前途三千里のおもひ胸にふさがりて、幻のちまたに離別の泪をそゝぐ」ということで、白地に別れの杯
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