2016年08月07日

日光道中日本橋 その18

東禅寺の帰り。
向かう時は気がつかなかったけど、「南無馬頭観世音菩薩」の幟が旗めいています。
何だろう?と思って、ビルと民家の間を入ると駿馬塚。
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案内板によると、康平年間(1058〜64)源義家が陸奥へ向かう際、この地で愛馬青海原が絶命したので葬った所だそう。
「江戸名所図会」には土饅頭型の塚の挿絵が載っているけど、今は石碑や石造五重塔の残骸などがあるだけです。
しかし、覆屋が建てられ大事にされているね〜。

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2016年08月06日

日光道中日本橋 その17

東禅寺の境内の片隅に夫婦の銅像が並んでいます。
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麺麭祖と書かれたプレートがあるので、麺業界の功労者の像と思って写真を家に持ち帰ったら、何と!「麺麭」はパンのことで、銅像は明治2年(1869)に創業した木村屋總本店の創業者:木村安兵衛ハート(トランプ)ブン夫妻でした。
一般にパン祖と呼ばれているのは江川英龍(伊豆韮山代官&韮山反射炉の生みの親)で、天保13年(1842)兵糧として自宅でパンを焼いているので、木村屋の創業よりも古い。
しかし、木村屋はパン業界一番の老舗で、みんなが好きなあんぱんは安兵衛が発明したものなので、みんなで安兵衛を「あんぱんの父」と呼ぼうよ。\(^-^)/

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2016年07月24日

日光道中日本橋 その16

都道464号に戻り先を進みます。
名前のない交差点から路地に入ると、突き当たりに東禅寺があります。
その正面に銅造地蔵菩薩坐像がド〜ンと鎮座。
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江戸六地蔵の1つで、宝永7年(1710)に建立されました。
都指定有形文化財です。

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2016年07月23日

日光道中日本橋 その15

今戸神社の吽形の狛犬の後ろに今戸焼発祥之地&沖田総司終焉之地の凸凹コンビの碑が並んでいます。
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中山道の神田今川橋が今川焼発祥の地というので、この地には今戸焼というお菓子があったのか!と思ったら、土器の方の焼き物でした。(>_<)
肺の病に冒されていた沖田総司は、当社に住んでいた御典医松本良順宅で治療を受けていたそうです。
しかし、その甲斐なく、明治元年(1868)没。
千駄ヶ谷に沖田総司逝去の地があるそうだけど、甲州道中から離れているようなので、拙サイトの街道歩きの歴史年表では当社が沖田総司終焉の地で落ち着きそう。(^-^;

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2016年07月18日

日光道中日本橋 その14

待乳山聖天から一度旧道に戻って、吉野橋跡から暗渠になっている山谷堀公園をたどって、今戸神社。
ご苦労なことです。(^-^;
源頼義・義家父子が前九年の役に勝利した康平6年(1063)に石清水八幡を勧請したというので、当社は八幡宮なのね。

拝殿にペアの招き猫が鎮座。
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当社は招き猫発祥の地で、祭神が応神天皇のほかに伊弉諾尊(いざなぎのみこと)ハート(トランプ)伊弉冉尊(いざなみのみこと)ということで、縁結びで有名みたい。
そんなわけで、境内にはペアの招き猫が描かれた絵馬…ってゆーか、絵猫?がいっぱい。
奉納するのに赤い糸で結ばれているので、よく考えられているな〜。

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2016年07月10日

日光道中日本橋 その13

待乳山聖天(まつちやましょうでん)には珍しいものがあります。
大根(笑)。
大根は夫婦和合・縁結び・子孫繁栄を表すもので、お供え用の大根を売っています。
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入口に大根まつりの告知が掲げてあったけど、大根まつりは昭和49年(1974)から毎年正月7日に行われていて、三が日にお供えされた大根をお下がりとして、参詣者に風呂吹き大根を振る舞うそうです。
2,000食限定。
当山は浅草名所(などころ)七福神の毘沙門天。
深川で七福神巡りをしたことがあるけど、正月7日に浅草名所七福神を巡るのもイイね!

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2016年07月07日

日光道中日本橋 その12

吾妻橋交差点から東武浅草駅を左に見て、国道6号「江戸通り」を進むと五叉路の言問(こととい)橋西交差点。
左斜めの都道464号を進んで待乳山聖天(まつちやましょうでん)に寄り道します。
当山の寺号は本龍院。
浅草寺の子院の1つだけど、何と!本山の浅草寺よりも古く、開山が推古3年(595)!
当山の山号「待乳山」は浅草神社の祭神の1柱:土師真中知と同じ「まつち」なので、当山が真中知の住居跡だったとか、何か関係があるんでしょうね。

境内に金網で保護されている銅造宝篋印塔があります。
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宝篋印塔って、だいたい石造物なので、銅造は珍しい。
天明元年(1781)製で区指定有形文化財です。

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2016年07月01日

日光道中日本橋 その11

浅草寺(せんそうじ)の境内の奥に浅草(あさくさ)神社があります。
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神仏習合の名残ですね。
通称は三社さまで、祭礼の三社祭が有名。
てっきり、下町の有名な神社である当社・神田神社(神田明神)・富岡八幡宮の3社を御輿でグルグル巡回するお祭りと思っていたけど、おらの勘違いでした…。(^-^;
当社の祭神は、土師真中知命(はじのまつちのみこと)・檜前浜成命(ひのくまのはまなりのみこと)・檜前武成命(ひのくまのたけなりのみこと)の3柱で、浅草寺草創期に関わる3者
土師真中知の死後、その嫡子が観世音菩薩の夢告を受け、3人を神として祀ったのが浅草神社のはじまり。
本殿・幣殿・拝殿などの社殿が国指定重要文化財です。
慶安2年(1649)徳川家光によって建立されたもので、関東大震災や戦火を免れて残っているのが素晴らしい!

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2016年06月26日

日光道中日本橋 その10

雷門の歴史が古いとということは、浅草寺の歴史が古い!
何と!推古36年(628)!
江戸浦(隅田川)で漁をしている檜前浜成・竹成(ひのくまのはまなり・たけなり)兄弟の網に観音さまが!
その地がさっき立ち寄った駒形堂で、郷司の土師真中知(はじのまつち)に見せたところ、聖観世音菩薩像であることを知り、その後出家。
自宅を改め寺として、礼拝供養に生涯を捧げた、というのが浅草寺のはじまり。
てっきり、徳川家康の関東転封後に創建されたと思っていたけど、ふ…古すぎる。
伽藍の建物は東京大空襲で焼失したので新しいけど、歴史が古い分、文化財がいっぱい。
浅草寺には観光で来たことがあるので、詳しくは地元の方にお任せします。(^-^;
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(浅草寺仲見世)

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2016年06月25日

日光道中日本橋 その09

駒形橋西詰交差点からは、浅草寺の参道と化した旧道の先に、雷門が見えます。
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雷門は通称で、正式名称は風雷神門
その歴史は古く、天慶5年(942)に初めて建てられました。
何度か焼けているけど、慶応元年(1865)の焼失後、昭和35年(1960)に松下電器の創業者:松下幸之助によって再建されました。
平成20年(2008)松下電器は社名を「パナソニック」に変更したけど、門内の提灯には「松下電器」と書かれています。

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